ちょっと気になると夜も眠れない。

城・要塞等構築物
Ans.Q

どうでも良いことなのに…、誰か助けて!


・ あなたが疑問を持っているなら、ここで記入してください。
名前:

*ここは新規質問投稿欄です。質問への回答ではありません。
[戻る]

32 ウィキペディアフリー百科辞典でマジノ戦を調べたところ、『隠ぺい型の砲塔の構造図の動画』という図があったのですが、その図の中央下、階段の隣にある弦巻状の物は何でしょうか?
デスコン

  1.  揚弾筒かなと思いますが、詳しいことはどなたかフォローして下さい。
     
    hush


  2. なるほど。確かに、揚弾筒っぽいですね。
    回答有り難うございます。
    デスコン



31 「ヒューリー」というブラッド・ピット主演の映画を鑑賞して疑問に感じたのですがB.ピットが戦闘中に砲塔のハッチから身を乗り出すシーンが多々あります 銃弾が飛び交う中で身を乗り出すのは大変危険かと思うのですが実際の戦場でもこのような事をしていたのでしょうか?
Ad.シュペー

  1.  似た質問が下記にありますね。
     http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13139755453
     
    hush


  2. とても判りやすく解説されていてたすかりました 同じような疑問を持つ方がいらっしゃるのですね ありがとうございます
    Ad.シュペー


  3. これは全くの余談ですが。
    戦車長が砲塔ハッチから身を乗り出して戦況を視察するのは、今日でも各国陸軍でやっています。
    代表格はイスラエル陸軍で、同国軍では戦車長は必ず砲塔ハッチから顔を出して戦況を視察しろと教育している為、中東戦争の戦車戦では多大な戦果を挙げていますが、同時に戦車長も高い戦死傷率を出しています。

    で、2015年に公表されたロシアの新戦車T-14は無人砲塔を採用して、乗員3人全員が車体内に収容されています。
    実は、冷戦後のロシア製戦車はロシア周辺国やシリアの内戦等で「砲塔から身を乗り出した戦車長が市街戦等で次々と狙撃されて戦死する」と言う悪夢を多数繰り返しています。
    従って、その対策として砲塔の無人化へ踏み切った可能性があります。
    瀬戸の住人



30 古代ローマ軍の砦について質問です。

古代ローマ軍は辺境地域の街道沿いに兵を数人配置できる程度の小さな砦を多数作っていますが、その砦の名前がスタティオ(Statio)とブルグス/ブルギ(Burgus/Burgi)の二通りあります。
この両者の間に違いはあるのですか?
それとも同じものに二通りの呼び名があるだけなのですか?
おうる

  1.  Statio Burgusで検索をかけると、The Imperial Roman Armyという本がヒットしますが、その中に、StatioはBurgusよりも小さく、必ずしも要塞化されているわけではないという意味のことが書いてあります。
     もちろん、私は古代ローマについて、専門知識を持っているわけではありませんので、これはあくまでも検索の結果でしかありません。ただ、Burgusはストラスブール、ケーニッヒスベルク、スカーバロ等の地名の末尾に現れるbourg、Burg、boroughの、Statioは英語のstationの語源であり、と同時に、Statioはラテン語で「立っている、歩哨、部署」を意味する語ですので、そのような理解でいいのではないかと思っております。
     
    hush


  2. ありがとうございます

    確かに両方同時に検索したらそのような本がヒットしました。
    片方ずつ別個に検索してたので見落としていました。
    おうる


  3. 敢えて誤解を恐れずに高速道路で例えれば、ブルギはサービスエリア、スタティオはパーキングエリアという感じ。原則としてですね、駐屯地がブルギ、伝令の馬を置いておいたり、物質の保管をしたりするのがスタティオ。馬の乗り継ぎ所から駅の語源になりました。
    Tokyo-Rose



29 『マッドマックス2』を見てた時にふと思ったのですが、昔の城の城門で「横スライド式」というのはなかったのでしょうか?
(上記の映画の劇中で鉄板で補強したバスを籠城している基地の入り口に止めておいて、自軍の車両が出る時にバスを動かすという方法で出入りしているシーンがある。)
動力車の無い時代でもピラミッドの石材輸送などでこういう重量物移動方法は考えられていたわけだし、城門背後にレールを敷けば破城槌でもそう簡単に破壊できない石の壁をすぐに設置できそうなんですが・・・
レサ

  1.  スライド式ドアには接地面が水平でないときちんと動かないという弱点があります。したがって、敷居を踏んではいけないというのも、敷居が擦り切れるからという要素が強いと思います。これがアルミサッシになって、敷居も金属製となりましたが、かつては木製であり、擦り切れやすかったからです。
     もちろん、金属製のレールに載せればという解決策もあるのですが、それも地盤が水平である間だけです。実は、仕事先の門扉の下のコンクリートが、通行する車により破壊され、沈下もあって、非常に使いづらいことになっております。
     御質問の城門というのが、西洋のものか、日本のものかは存じませんが、どちらにしろドア式であるというのは、通行量が多いという特性に由来するものでありましょう。
     なお、スライド式の扉を持つ城門というものは実はありますが、これは横ではなく、上下方向に動く落とし戸と呼ばれるものです。攻められた時、すぐに閉められるという特性があるのと、横方向より開くのに手間がかかるので、緊急時には有効だったと思われます。
     
    hush


  2. ああ、緊急事態の際に引っかかる危険があるということですか。

    自分は落とし戸タイプは知ってたのですが、横スライドの方が一部だけ開けて味方を出せたり便利じゃね?と思ったので質問してみたのですが、やっぱり問題があったのか・・・
    レサ


  3.  城門というのは何のためにあるのかというと、もちろん、出入のためです。そして、中国やヨーロッパの城塞都市や日本の城郭で、最初に訪問する場所です。つまり、その町なり、その城の雰囲気を最も伝える場所です。
     したがって、周囲を城壁で囲まれていない平城京や平安京でも羅城門という立派な門があり、その向こうに幅何十メートルもある、通りというよりは広場というほうが適当な朱雀大路が広がっていました。そして、その両脇に市が立てられ、平安京の場合は、東寺、西寺という寺院が設けられていました。すべては、都を訪れる人にその壮麗さを喧伝するためのものです。
     質問者の方は、戦闘の際の城門の役割を主としてお考えのようですが、城門の本来の目的は、上記に示させて戴いたように、人や車の出入のためであり、当然、他の場所より通行量が多いということになるのです。このため、横スライド式の場合、敷居なり、レールなりが必要なので、この部分が簡単に磨耗してしまう危険性があるのです。
     また、西洋式の城門の場合、アーチ型に造られていますので、横スライド式ですと、上部が開いてしまいます。そして、その部分から出入されたり、物を投げ入れられたりする危険性が生じますし、砲撃を受けた場合、城郭としての脆弱性が生じます。
     では、上部を水平に造ればよいということになるのですが、緊急時に対応できるような扉ですと、かなり大型ですし、重量も大きいと思います。そのようなものを、上下で挟み込んで水平に動かせるような精密な平行を保たせないといけないのです。そうしないと、簡単に動かせなくなるからですが、精密に造ったものは、衝撃にも弱いはずです。攻撃を乗り越えた後、城門が動かないので破壊したというのでは、本末転倒な訳です。
     そして、横スライド式の場合は、扉がこじ開けられやすいという問題があります。また、大きな衝撃を受けた場合、扉自体が倒れてしまう可能性があります。実際、その映画に出てくるバスも、ジャッキを用いれば人力でも横転させることのできる代物だと思うのです。
     にもかかわらず、日本家屋で引き戸が多用されるのは、場所を取らないからです。もちろん、横方向には扉の幅だけは必要ですが、厚さはそれほどではありません。これに対して、ドアの場合はその幅の1/4回転する分は空間が必要です。このため、狭隘な日本の住宅環境の場合、ドアはほとんどが外開きであり、内部空間を圧迫しないようになっており、欧米が内開きであるのと大きく違うのですが、城門に採用される場合は必ず内開きです。これは、外開きだと、蝶番が外側になって無用心だからです。
     したがって、横転する心配のないほどの厚みのあるスライド式ドアを設置するというのも考えられるのですが、非常な空間が必要であり、引き戸の利点を殺してしまいます。また、少しだけ開けて、味方を出すのに便利だということですが、それなら隠し通路を作って、後方錯乱を狙ったほうがいいのではないかと思っております。
     長文、失礼致しました。
     
    hush


  4. >一部だけ開けて味方を出せたり便利じゃね?
    日本の近世城郭の場合、大きな門扉の脇に小さな通用門を設けている例が多いですね。
    きっど



28 第二次大戦時のラバウル要塞は食料を自給自足し武器の自作まで行っていたそうですけどこれは旋盤などの工作機械を運びこんで使用していたという事なのですか?

以前何かで ラバウルでは撃墜した米軍の飛行機を回収して自分たちで修理して使用したり、魚雷を使った敵船舶攻撃用装備を開発したりしていたと見かけたこともあります。(何で見たのかがおもいだせませんが)

軍事拠点に飛行機や戦車の整備、修理用に予備パーツが搬入されているのは当然でしょうけど日本軍がわざわざ内地にある工作機械を現地に運びこむというのはありえるんでしょうか?

パルテノ

  1.  敗戦時のラバウル所在の陸海軍部隊一覧を眺めておりますと、陸軍で第26野戦兵器廠、自動車貨物廠が、海軍で第8工作部、第108航空廠が含まれております。これらは、部隊が部品の交換整備を主としているのに対して、修理を担当していると理解しております。したがいまして、本格的なものはともかくとして、旋盤、フライス盤、ボール盤程度のものは有していたのではないかと想像しております。
     もっとも、現地ではネジ1本まで不足していたというような状況だったそうですので、これらが敗戦時まで稼働可能であったかどうかは分かりません。ただ、内地からこの程度の工作機械は運んでいなければ、修理は無理であろうと思っております。
     門外漢ですので、間違いもあろうかとは思いますが。
     
    hush


  2. 関連する過去ログが有りますね。
    ttp://www.warbirds.jp/ansq/12/A2003043.html
    暇人


  3. 回答ありがとうございました。

    てっきり兵器の製造設備は内地にしかないのだと思ってました。
    参考になりました。
    パルテノ



27  野戦陣地での除雪について質問です。

 塹壕や掩蔽壕で積雪があったら、除雪はどのようにするのですか?

 陣地の前面に30pとか40cmとか雪が積もったら、射界も視界も遮られてしまうので除雪しなければならないと思います。
 塹壕の中に積もった雪も適当に取り除かないと、踏み固められた雪が溶けずに積み重なって壕が浅くなっていったり、滑って歩きにくくなったりしそうです。
 かといって除いた雪を壕の脇にそのまま放り出したり、壕の前面の雪だけをきれいに取り除いたら、「陣地の配置はこうだ」と遠目からでもわかるように暴露するようなことになってしまいそうです。
 かといって広い範囲の雪を均一に除雪するのは現実的ではありません。
おうる

  1. 300mmもの積雪がありそうな戦場はどこか考えてみますと、
    1.フィンランド(ペッツァモ、ムルマンスク、ヴィープリ、ソルダバラ等)
    2.ヴァルダイ高地周辺(ルジェフ、トロペツ、スタラヤルッサ等)
    3.わが国内
    4.北米海岸部
    ぐらいではないでしょうか。
    普通壕内は除雪しますが壕前面は圧雪し崩壊しないようにするだけだったような
    カレルの焦土作戦のうろ覚え...
    という事で詳しくはフィンランド軍もしくは陸自第11師団の野戦築城教本を調査するのがよろしいかと思います。

    eastbind


  2.  30cm程度の積雪なら国内山間部なら普通に降ります(私の生まれた三重県山間部でも毎年それぐらいは降ります)し、日本海側なら、平野部でももっと積もります。当然、1でお示しになられた以外にも、華北や朝鮮半島等、温帯以北なら、どこでも降ると思うわけですが、除雪や圧雪を行っても地肌が見えなければ白一色の世界ですので、そこに塹壕があると簡単に分かるものだろうかという疑問があります。したがって、除雪を行ったとしても、格段の配慮が必要であるとは思えないですが。
     個人の感想で申し訳ありません。
     
    hush



26  見張り塔について質問です。

 前線基地とか捕虜収容所とか国境付近とかで見張り塔を建てて見張り員を配置してたりしますよね?
 見晴らしがいい分、周囲からの非視認性も高く、映画などでは潜入や奇襲の際には真っ先に狙撃されたりしています。

 そこで質問ですが、見張り塔(というかそこに配置される兵員)は戦闘中はどのように扱われるものなのですか?

 戦闘中に暴露された場所に居続けるのは自殺行為のように思います。
 しかし、ベトナム戦争モノの映画だの小説だのを見ていると、塔の上に重機関銃を持ち上げて銃座にしている例が見受けられます。(たしかに射界は広いだろう)。
おうる

  1. 「中国戦線 望楼」で検索するといくつか復員軍人の回顧がヒットします。望楼の中には石造りのものもあって、迫撃砲でも食らったら絶対崩れるだろうと思うようなものを、でも取り合っているし、取り合うということは上から撃つと優位なのですね。

     たぶんあれは、互いに迫撃砲も手榴弾も希少な戦闘だからそうなるんだと思うのです。だから敵対勢力に重火器や爆発物があり、かつ火力で優位に立てないと思えば、目立つうえ脆弱な監視塔は使わないのであろうと思います。一時期の軍艦にあったミリタリーマストやファイティングトップは、水雷艇と戦うために小型砲を高いところに据え付けていましたが、日露戦争の日本海軍では黄海海戦の後、大型艦との遠距離砲戦を優先して取り外してしまいました。


    マイソフ


  2. 1.御質問の意味が不明確です。
    1.1 第3行目の「非視認性」は、「視認性」ですね。
    1.2 第4行目の「戦闘中」は、戦っている最中でしょうか、戦地で見張りに立っている時のことでしょうか。
    1.3 「扱われる」は、見張る人員の選定方法、危険任務に対する褒章のことでしょうか。見張り塔が目標にされやすいか否かを問われていらっしゃるのでしょうか。
    2.次に、小生は実戦での見張りの経験はありませんが、幾ら見晴らしが良くても敵に狙撃され易い場所に見張り塔が設置されたりはしないと思います。狙撃やゲリラの攻撃に対して何等かの対策が採られていると思います。
    例えば、ゲリラに襲われる危険があれば多数で哨戒する(イラク等における米陸軍)、弾着観測であれば敵から見え難い場所で行う等の措置が採られている筈です。
    3.なお、極めて危険なのは御説の通りだと思います。日中戦争に従軍した人の話では、隣村の部隊への連絡等は何時ゲリラに襲われるかも知れないので緊張の連続だったそうです。また、ノモンハンでは、弾着観測用の気球が地面すれすれに飛んで来たソ連の戦闘機に撃破されたりしています(昭和35年頃の航空情報に掲載されていた航空関係者のノモンハン航空戦の回想)。
    UK


  3. 火力密度のそう大きくない戦場だとちょうど良い監視スポットが無い場合にはそういったものも作られますね。

    どう扱われるかですが、規模や数に応じて組や班〜中隊規模でローテーションするのが普通では。
    伊吹


  4. 人海戦術に対抗するために、まず、ミニガンが開発されたのでは?
    通行人



25 太平洋戦争の初期に壊滅したアメリカ海軍のアジア艦隊の司令部はマニラのどの辺にあったのですか?
艦隊の根拠地としても使われていたキャヴィテ港の近くだとは思うのですが、よく分かりませんでした。
Tori-ten

  1.  そりゃ、ヒューストンでしょと思って調べてみましたら、Wikipediaの”United States Asiatic Fleet”にハート司令長官の司令部は、マニラのMarsman Buildingにあったようです。現存するものが当時と同じという保証はありませんが、Muelle de San Francisco Street, Gate 1, South Harbor, Port Areaにその名のビルがあります。
     
    hush



24  ドイツがWW2のころに建設したUボート・ブンカーやフラックタワーについて質問です。

 あれらは鉄筋コンクリートの強固な建造物で、解体に費用が掛かりすぎることから戦後も解体されずにそのままになっています。
 しかし、鉄筋コンクリートでできている以上、当然本来の寿命は100年もないはずですよね?

 建設当初、あれらUボート・ブンカーやフラックタワーはどれくらいの寿命(使用期間)を想定していたのですか?
おうる

  1. 戦時標準船なんかと違って、戦争が終われば使い道の無い存在ですから、戦争の間だけ持てばよいと考えていたのでしょう。
    能力の不足や老朽化が発生した場合は、その都度増強・補修したでしょうし。
    きっど


  2. 平気で300年くらいは保ちそうですが・・・。
    参考)http://www.thenoiralbum.com/01/007.html

    それはそうと、一般的な防空塔では無く、墺都やベルリンに在る高射砲塔それ自体は建造こそ戦時ですが、それこそヒトラーの千年都市構想の中でも都市のシンボルとして位置づけられている構築物なので、そういった意味では半永久的な使用と目的としており、単体で切り出すと少しばかり不気味ですが、それ故の外観を持っています。

    耐爆ブンカーもそうですが、永久築城における破壊目的の攻撃に対して「壊れない」仕様の構築物は、それが例え戦時急造の構築物であっても一般に想定される構築物の寿命では計り知れない強度を持ちますので、強度については比較的明瞭な回答は出来ますが、寿命については、それこそスフィンクスやピラミッドの建築当時に考えられていたであろう寿命や想定した使用期間についての問いかけと同じで、それ自体にたいした意味をもちません。

    逆の考え方では、通常の使用においては使用不可能になる埋没するまで倒壊しない想定のダムであっても、人為的破壊の攻撃にあっては破壊されてしまうわけですから、「50年保つといわれながらも、たった一回の攻撃で破壊された」という言い様は、何の意味の無い表現である事と同じです。
    ナゾ〜


  3. >鉄筋コンクリートでできている以上、当然本来の寿命は100年もないはずですよね?・・・
    寿命100年、は近年の雨の成分からの後知恵かと。コンクリートの圧縮強度・鉄筋の引張り強度を単純化すれば、理論上寿命は千年単位です。とはいえ結果として現代、鉄筋コンクリートは数10年の『寿命』しかないのも事実です。日本のインフラ心配、というかまだ業界で喰っていける?
    >2様
    土木バカの自分と違ってAns.Qらしい軍事含みのご回答、さすがと。
    オペラ座の灰燼



23 1世紀後半代頃の攻城戦について質問します。

『ユダヤ戦記(著:フラウィウス・ヨセフス)』を読んでいた時に、ヨタパタ(ガラリア地方の都市)攻城戦で攻撃側のローマ軍が破城槌を持ちだした時、「籠城側にいた勇敢な男が大きな石を落として槌の柄をへし折り、城壁を飛び降りて槌の先端の青銅製の部品を奪い取って再び城壁を登ろうとしたが、ローマ軍に撃ち殺され失敗した。」という事があったそうですが、こいつは本来どうやって城壁に戻るつもりだったのでしょうか?

飛び降りて大丈夫だった所を見ると城壁はせいぜい我々の家の2階程度だったと思いますが、その程度でも破城槌の先端を抱えて登るのは至難の業(というか、そんな簡単に登れたら城壁の意味がない)だと思うのですが…

著者はこの時この現場に居たらしいので伝聞による誤認とかでもなさそうだし…
レサ

  1. 古代から中世の籠城戦で同様の場合、味方がロープを下ろしたり、あらかじめ命綱を用意してあることが多いはずです。
    (映画「指輪物語」でも似たシーンがあったと思います。)
    タンジェント


  2. なるほど、読んでいた時「実は後先考えずやった」という可能性が浮かんだ(実際話の中に先の事を考えずやってひどい目にあったケースが数か所ある)んですが、一応は帰還の見込みがある作戦でしたか。
    レサ


  3. 30年も前のことですが、イスラエルの考古局に勤務しており、上ガリラヤのローマ時代の遺跡ガムラ(ユダヤ戦記に登場)の調査をしました。急峻な地形に尾根から谷底に城壁が築かれていますが、現存部分は記憶が定かではありませんが1〜2m、随分低いので建造当時の高さを同僚に聞いたところ、せいぜい2〜3m程度だと言われました。平地にう築かれた城壁とは異なりこのような地形では低くても十分な?効果があった可能性があります。ヨタパタの地形は分かりませんが、多少のヒントになれば幸甚です。
    TOMIN



22 水際防衛のために40センチ級の艦砲射撃に耐えるにはどのような施設が必要ですか?また、どの程度のコンクリートの厚みが必要で、当時の日本の技術でも作れるのでしょうか?
まーくん

  1. 海軍の基準では最高の「特甲」でも500k爆弾用で鉄筋コンクリートは天蓋/側壁共3mです。
    250K爆弾/中口径砲用の「甲」で天蓋1m 側壁1.6mでした。
    また1万米からの30cm榴弾砲弾に対する安全厚は砂11.5m 鉄筋コンクリート4.5mです。
    実際に40cmクラスの艦砲射撃に耐える施設を作ることは出来るでしょうが、大口径の射撃弾数(そんなに多い筈は無い)と命中率から考えて作るだけ無駄でしょう。(重要な施設は地形を選ぶ事で守れますから)
    てつ


  2. 的確な回答ありがとうございます!
    まーくん



21  築城について質問します。

 何もない平坦な、そして地盤がしっかりした場所に万里の長城のような城壁を作るとします。この時、版築を基本とし、外側の壁面は垂直になるように煉瓦またはローマンコンクリートのようなコンクリブロックを積みあげるものとします。
 古くからある工法で作り鉄骨等は用いない場合の城壁の高さの限界、つまり垂直な壁面が自重で自壊しない限界の高さはどれくらいになりますか?
おうる

  1. 申し訳ないが、条件があいまいすぎます。
    単純に岩石の比重と強度だけ考えても様々です。地震や雨降りも条件に入りますし。

    ごくごく単純に考えて、岩石の圧縮強度と比重から、高さ25mくらいが限度にはなりそうですが断言はできません。

    なおコンスタンティノープルの城壁が地上17m、堀の深さを加えると、この限界に近いのではないかと考えます。
    タンジェント


  2. ごめんなさい、「版築を基本」と書いてあるのを見落としてました。上記は石造の場合を主眼としています。版築だと、もっと分かりません。
    タンジェント


  3.  回答ありがとうございます。返事が遅れて申し訳ありません。

     正直言ってはっきりした答えは出てこないんじゃないかとは思っていましたが目安になりそうな回答を得られてうれしく思います。

     質問のきっかけはアニメ「進撃の巨人」を見て、あんな壁は強度的に実現できないんじゃないかと疑問に思い(作中では中に○○が入っていますが・・・)、依然土木建築に明るい方がいらっしゃったようだったので質問させていただいた次第です。
    おうる


  4. 限界というのはなかなか難しいですが、版築構造物で高い物として、鄭州の殷代城壁が17m、土楼には21.5mの高さのものがあるようで、まあこのあたりが限界に近いってことではないでしょうか。
    ごん



20  未完に終わった越谷飛行場で1度だけ着陸実験が行われたそうですがその時の航空機を教えて下さい。あと着陸実験失敗は飛行場の設備上の問題だっったのでしょうか、それともそれ以外によるものでしょうか?
しらこばと

  1.  「ロンデン(論田)の陸軍飛行場」題されたブログのページには、同飛行場には1式戦闘機が不時着したということになっております。
     このページ以外には、この記載は見つけられませんし、出典も不明ですので確定は難しいのですが、同飛行場が未完成に終わったということを考えると、実験というよりは不時着のほうが筋は通ります。また、 http://airfield-search2.blog.so-net.ne.jp/koshigaya-airfield には、機種不明ながら「終戦直前、着陸しようとした飛行機が止まりきれずに飛行場の外堀に衝突。結局飛行機が飛んだのはその1度きりでした」という記載があり、この推定を裏付けているように思います。
     
    hush


  2.  「ロンデン(論田)の陸軍飛行場」の部分には、本来、URLを書き込む予定でしたが、受け付けてもらえなかったので、タイトルを記入させていただきました。このタイトルを検索してもらえれば、該当ページはすぐに見つかると思います。
     
    hush



19  実際に吊り天井による謀殺事件がありましたらおしえてください。
くせもの

誰か答えて下さい。

18 お世話になります。
ヘリポートの着陸帯は衝撃に強くなければいけませんが、建設時の表層上層下層路床等の厚さは基準があるのでしょうか。教えてください。
めぐみ

  1. ヘリポートの基準ですが、厚さではなく荷重になっており、「着陸帯の床面強度は、ラーメン及びスラブ設計とも短期荷重とし、その荷重は9000キログラム以上とすること」と緊急離着陸場等設置指導基準では記されてますね。
    ※参考資料
    ttp://www.heliport.jp/byouin/
    ttp://www.city.minamiuonuma.niigata.jp/reiki/reiki_honbun/r0440770001.html




[管理人専用]

管理者 F4U : Ans.Q v1.40 [Shigeto Nakazawa]